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プロジェクトマネージャーの育成

プロジェクトマネージャーは、すし屋の大将みたいなものです。
職人でもあり、お店の責任者でもある。一人前になるまでに数十年の修行が必要とは思いませんが、徹底的なこだわりに一流の腕前を持ち、お客様との柔和なコミュニケーションを取りつつ、お店の顔としての責任感も必要です。
研修、資格取得支援、コーチングなど教育関連のビジネスが山ほどあるのは、それだけ人材の成長ニーズがある一方で、なかなか思うように育成されないという課題もあるからだと思います。
問題を抱えるプロジェクトの支援に参画して不思議に思うことが、なぜ能力を評価しないでPMを任命したのか。新装開店する高級すし屋のオーナーが、腕前もなく責任感もない職人にお店を任せるでしょうか。
座学や資格だけでは最低限の知識を得たに過ぎず、実戦で使えるプロジェクトマネージャーの技術は、プロジェクトの現場で習得することが必要です。プロジェクトマネージャーを目指す者にとってプロジェクトは、学びの場そのものです。優秀なPMの下で学んだ候補者が、腕を上げて次の優秀なPMとして羽ばたくことが理想的な育成の形です。
自身の経験と成果を踏まえて、効果的なPM育成方法について、書いていこうと思います。

かんたんイラスト(記事を読む時間のない人へ)

育成その前に

PMを育成したいと思っても、まずは育成に資する人材かを見極めることが必要です。プロ野球のトライアウトのようなことは出来ませんし、既にPM能力がある人の育成は求められていません。PM能力を身に着けて欲しいと会社が期待する人材の候補者選びには、3つの条件があります。


① PMになりたいという意思
IT関連の資格、職種は多岐に渡り、開発言語も多くあるため、ITエンジニアのゴールがPMとは限りません。なりたい意思がない人に、いくら懇切丁寧に教えたところでお節介でしかありません。何事も成長には、何かをしたい気持ちが一番重要で、いくら能力が高くても向上心のない人に教える価値はなく、教える方も無駄骨です。
昨今は、フレンドリーな職場環境が望まれていて、背中を見て学ぶというのは一部の職人の世界だけのように思いますが、PMはある意味で職人と似た立場です。高級すし屋の見習いと同じように、候補者にも、PMになりたい、プロジェクトをいくつも成功させたいという強い意志を持っていることが第一条件です。


② 体力と精神力
PMはプロジェクト全体を把握して推進する役割です。全体を把握しているのはPMだけのため、プロジェクトの途中でPMが変わることのインパクトは非常に大きいです。最後まで完遂するためには、技術力やコミュニケーション能力以前に、長期間にわたって継続的に働ける体力とクライアントやマネジメントの圧力に屈しない精神力が必要です。
今は、コンプライアンスが重視されて、クライアントから高圧的な態度で責められることは減ってきたものの、問題が発生した際には、スピード感のある対応を求められます。時には、追求されることも、連日連夜働くこともあるため、精神的にも体力的にも折れることなく、最後までやり遂げる力は必須です。


③ 変化できる人
PMになると、これまでのエンジニアとしてやってきた仕事内容とは、求められる能力や対峙する相手が変わってきます。仕事の仕方や考え方の変化が必要になり、この変化に対応できる人かどうかは大切な要素です。
人によって変化のタイプがあります。
 ・環境で変われる人
 ・言われて変われる人
 ・一緒にやって変われる人
 ・変われない人

環境で変われる人は、順応性が高く、立場や役割が変われば求められる能力を勝手に身に着けていけるため、このタイプの人が最も良いです。
言われて変われる人は、素直な人です。マネジメントからの指摘や意見を聞けて、自分なりに考え判断できる人も、候補者として期待できます。
一緒にやって変われる人は、逆に言うと、誰かに手取り足取り教えてもらえないと変化できない可能性があります。基本的にPMは一人で孤独な立場なので、常に一緒にいてあげないと変化できない人は、様々なプロジェクトを担うPM候補としては、あまり期待できません。
どうやっても変われない人は論外ですが、これまでのキャリアにおける変化への対応力を確認して、どういうタイプか事前に見極めることが、候補者選びには必要です。

育成のポイント

PMには総合力が求められます。
 ・構造的に物事を捉える論理的思考力
 ・チームのパフォーマンスを上げるリーダーシップ
 ・クライアントとの信頼関係を築くコミュニケーション
 ・システム開発における基礎的な技術と知識
 ・先を見据えた計画を立てる段取り力

加えて経験も必要です。
 ・プログラミング
 ・アプリとインフラ両方の設計
 ・要件定義~設計・開発・テストなど工程全般
 ・出来れば、運用・保守の経験も
システム開発の工程全般の経験はあった方が良いですが、不足していても補うことは可能です。能力は学んでいくしかありませんが、PMに必要な能力を全て身に着けることは、かなりハードルが高いため、まずは最低限必要な能力強化に重点を絞るべきです。余力があれば、候補者の得意分野と性格も考慮して、必要な能力を少しずつ増やしていくやり方が望ましいです。プロジェクトの一員として働きつつ学ぶため、一度に多くのことを与えれば即刻カツカツになって育成どころではなくなってしまいます。
最低限のPM能力を備えるためのポイントを3つ紹介します。


① 構造的理解を促す
広範囲なシステム全体を把握するためには、構造的理解が必須です。
詳細な仕様を理解していないまでも、関連システムやサブシステムの繋がり、どんなコンポーネントがあり、それぞれがどのような機能を担い、データがどう流れているか、といった仕組みを構造的に捉えてシステム全体を把握しておく必要があります。
この構造的理解を習得するためには、「全体と分類」という考え方が訓練になります。
例えば、「このシステムには、いくつの機能があるか?」という質問に対しては、「全部で30機能あり、画面、IF、バッチの3種類に分類され、画面が15画面、IFが5本、バッチが10本です。」が模範解答です。
この「全体として何々、いくつに分類できて、それぞれがこう」という構造的に捉える能力がプロジェクトマネージャーには必須です。
システム全体をどう分類するか、本番化までのスケジュールをどのような工程に分類するか、体制をどういうチームに分類するか、あらゆることを分類して、整理できることが重要な能力なのです。
経験的に、この能力を持ち得ていないPMは、プロジェクト遅延など問題を引き起こす可能性が高いです。なぜなら、「全体と分類」ができないと、タスクの洗い出しも、チーム構成と役割も、総合テストのバリエーションも、網羅的に考えることができず、抜け漏れを作ってしまうからです。候補者には、必ず「全体と分類」を意識して話すように促します。


② 出来るか出来ないか判断させる
クライアントやマネジメントから出来るのか?と問われることは多く、それに答えるのはPMです。PMはいちいち出来るか出来ないかを判断しないといけません。大規模プロジェクトであれば1日の遅れは数人月分のロスとなってしまうため、判断にもスピード感が求められます。プロジェクトは、数十人数百人のエンジニアを抱えて推進するので、根性論で「やります」と言ってはいけません。やるのはPMではなくて開発エンジニアなのです。逆に、現場のエンジニアができると言ってもそのまま受け売りすることも良くありません。プロジェクトの責任者としてPMの考えで判断しなければならないのです。出来もしないことを、出来るかわからないことを「できます」と言って、出来なかった時には信頼を失います。候補者には、いちいち出来るか?の問いを与え、やり方を考え、根拠をもって、出来る理由、出来ない理由を説明してもらいます。出来ないと言うことは簡単ですが、出来ない理由を説明することは結構難しいことです。


③ 中身に踏み込む
PMは、数値だけの表層的な管理では、問題が起こった時の解決策を導き出せません。
仕様の全てや詳細設計レベルまで知っておくことは困難なので、中身と言っても浅くはなりますが、システム全体像と各機能のIPO(インプット・プロセス・アウトアップ)くらいは知っておくことは必要です。中身への踏み込みを促すためには、候補者に技術的な説明をさせることです。課題や仕様について、現場の開発エンジニアに説明をさせるリーダーがいますが、それは原則禁止です。
中身を理解することで、勘所を掴むことができ、課題解決力が身に着くからです。中身の理解がないままに、現場の開発エンジニアに任せて表層的なチームリーダーをやってしまうと、クライアントからの突っ込みに答えられません。この状態を放置しておくと、クライアントから「わかる人が説明して」と言われて、協力会社の優秀なエンジニアが報告会に参加して説明することになり、ますますリーダーは中身の理解が浅くなるという負のスパイラルに陥ります。
あげくの果てには、協力会社のエンジニアから突き上げを食らうことになり、こうなってしまうとチームリーダーは、存在意義を失い、結果、自信も技術もなくしてしまいます。最初から中身に踏み込んだ管理をすることが重要で、このシステムのことは、誰よりもPMが一番知っているというのが理想です。

叱る時

育成時に叱ることは、あまりしたくはありません。能力が備わっていないことを叱るのは論外ですが、学びを放棄した時と考えることを諦めた時、それは叱るタイミングです。


・「そうですね」は反省点
コンサルティングファームに在籍していた時、上司から怒られたことがあります。報告をしたら上司から指摘があり、その通りだと思ったので「確かにそうですね」と言った時です。「そうですね」ということは、上司の指摘が良い一方で、自分自身は、そこまで考えが及ばなかったということです。簡単に「そうですね」と言ってしまったことは、つまり学びを放棄したことと同じだとお叱りを受けたのです。
本来であれば、想定していなかった指摘を受けたら、それは反省点として捉えて、なぜその指摘を想定できなかったのか?を考えなければいけません。簡単にそうですねで済ませてはいけないのです。
そもそもクライアントやマネジメントへの報告で、事前に何も想定問答を考えていないのは話になりません。考えてはいたが、そこまで想定できなかったのであれば、反省に繋げます。
クライアントやマネジメントからの指摘に対して「おっしゃる通り」だとか「そうですね」と当たり前に使っている人がいたら、しっかりと指導してあげるべきだと思います。


・肯定癖
言われたからやる、簡単に受け入れる、圧力に屈して肯定してしまう、これをやってはいけません。そのようなシーンを見たら、それは叱るタイミングです。クライアントからのクレーム、上司からの指示、ベンダーからの突き上げ、様々な意見に対して何でも肯定してしまう人。本人的には真摯に対応しようとしているのかもしれませんが、即答で肯定するのは、考えることを放棄してしまっている可能性があります。
言われたからやるのではなくて、自分で考えて、本当に必要だと思ったのであればやるべきであり、必要性を感じなければ相手が誰であろうと断るべきです。
肯定した回答には、必ず根拠を聞くようにします。PMの軽率な肯定は、プロジェクトメンバー全員が泣きを見ることになるので、候補者には考える癖をつけて欲しいと思っています。

納期と育成のジレンマ

一緒のプロジェクトにいるPM候補者にマネジメント向け報告書を書いてもらうことがありますが、抱えている業務がある中で育成目的の作業を追加でお願いすることは、なかなか難しいのが実情です。
これはエンジニアも同様で、ある程度自由に考えさせる時間を与えたいものの、時間切れとなる場合もあります。
考えてもらいたい、新たなチャレンジをして欲しいと思うものの、プロジェクト業務が忙しく育成のためのレッスンを与えられないという、納期と育成のジレンマは常につきまといます。
マネジメントは勿論として、出来ればクライアントにも育成目的があることを理解してもらうことが大切です。優秀なエンジニアが増えれば、クライアントにとってもプロジェクト推進が堅くなるため良いはずですが、クライアントからすると、育成費用を出しているつもりはないため、なかなか理解を得難いのも当然です。
育成は、大きな心と、長い目で、小さいことからコツコツと時間をかけて、根気強く行う気持ちが大切だと思っています。

中長期的な育成プランの重要性

優秀なプロジェクトマネージャーを簡単に育成できたら素晴らしいことですが、なかなかそうはいきません。プロジェクトと言っても、使うソリューションも違えば、業務も違うし、クライアントの文化も違います。
そのため、PM育成は、ある程度中長期的な視点で考えることが大切です。

・ひとつは完遂する
プロジェクトは一様ではないとしても、工程の考え方や要所は基本的に同じです。まずは一つでも小さいプロジェクトを要件定義から導入まで完遂することが大切で、その経験が自信になります。

・いろいろなPMを見る
PMにはスタイルがあります。リーダーシップ型もいれば、フォロワーシップ型もいる、マイクロマネジメントの人もいれば、勘所だけピンポイントにチェックする人もいます。極端に言えば、QCDを守ってゴールにたどり着ければ、進め方や管理方法はどうでも良いのです。自分のスタイルを固めるためには、スタイルの違う何人かのPMの下で仕事をすることで、正解のバリエーションを知り、自分に合ったやり方を見つけていくことが重要です。

・複数のプロジェクトを経験させる
何も問題が起きずにプロジェクトを終えることはあり得ません。問題が発生した時は、どれだけ多くの引き出しを持っているかが収束させる鍵となります。この問題解決の引き出しは経験値により蓄積されるため、種類の異なる複数のプロジェクトを経験することで増えていきます。

まとめ

PMBOKなど一般論としての座学やPMPの資格もあった方がよいですが、優秀なPMと身近で一緒に仕事をすることが、成長の一番の近道だと思います。
プロジェクトで同じ時間を過ごし、進め方の検討や課題対応など目の前の出来事に一緒に向き合うことが、PM能力を習得するには効果的です。
加えて、定期的な1on1によるフィードバックや雑談も含めて語り合う全方位的に支援して育てるやり方が、職人に近いプロジェクトマネージャーの育成には向いていると思います。
指摘ばかりして、やる気をなくしては本末転倒で、精神的な傷を負わせてしまっては最悪です。PM候補者の気持ちや性格を考慮しつつ、パフォーマンスを上げる指導力がPM自身にも求められます。

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